The Waveへの道 その2

 
10月15日、朝6時半、まだ暗いうちにHurricaneの宿を出発する。
The Waveの抽選の始まる9時までには抽選会場に着かなくてはいけないのだけれど、抽選会場までは100マイル強ある。心持ち、すっとばし気味に車を走らせる。

途中で通ったZionも、朝焼けの山々がそれはそれはきれいだったのだけれど、1枚写真を撮っただけで、後ろ髪をひかれながら先を急ぐ。

8時半を過ぎ、そろそろ時計が気になってきた。まだ抽選会場まではちょっとある。
道路からちょっと奥まっているというその会場もすぐわかるのかどうか、心配になってきた。
と、そのとき、道路の前方にありえないものが見えた。
STOPの旗を掲げる交通整備の人。
まさかまさかの道路工事が、急ぎに急いでいるわたしたちの車をあっけなく止めたのだった。


ご案内の通り(?)、アメリカのスケールの大きさは道路工事についてもいえる。工事の規模も、足止めされる時間も日本とはケタ違い。
止められた車の中でもんもんと過ごしたあと、SLOWのマークのついた車に先導されてのろのろと工事個所を抜けるまでにどれくらいかかっただろう。20分にも30分にも感じられたけど、おそらく実際は10分くらい。

そしてようやく抽選会場に着いたとき、案の定時計は9時10分をさしていた。
そう、大切な抽選のチャンスを、時間に遅れて逸してしまったのだった。呆。

わたしたちは係の人に抽選がもう終わっていることを確認し、近隣のお勧めトレッキングコースを聞いてその場を後にした。

ちなみにこの日行ったのは、巨岩の織りなす景色が面白いToad Stools、
















この辺りにしては珍しく緑豊かでさわやかな川沿いを歩くHackberry Canyon、

















パリパリに渇いた川の上を歩いて行くBuckskin Gulch。
























それぞれ近い場所にありながらも全く違う風景が広がる、面白いトレイルだった。

ということで、もしThe Waveの抽選にはずれても、トレッキングが好きな人なら楽しめる場所はたくさんあるのでご安心を。
とはいえ、どこに行くにも未舗装の悪路を行くので車はそれなりのものにしておいたほうが無難です。
わたしたちのRAV4は、この1日でこのありさま・・・。















1日歩き回って2泊とってあるPageの宿にチェックイン、明日こそはThe Waveの抽選に間に合わねば、と気合いを入れて眠りにつく。


続く
vegasqueen * アメリカ旅 * 14:19 * - * - * - -

The Waveへの道 その1


アメリカの国立公園好きと秘境好きにとって、今や行きたい場所TOP3に入るに違いない―いやアメリカの国立公園と秘境の両方が好きな人にとっては、今一番行きたい場所に違いないThe Wave。
毎年国立公園が行き先で、さすがにもうアメリカ以外の国に行きたい派のわたしでも、岩が作りだしたオレンジと白の波模様の不思議な風景をテレビで見たときには、そそられた。
ずばり、行ってみたい!















そのため、アメリカ行きたい派の夫とヨーッロッパ行きたい派のわたしの夏休み行き先バトルは一時停戦、2011年10月、The Waveに挑戦することになったのだった。

挑戦―というと、マッターホルンの登頂に挑むとか冒険する何かをイメージしがちだけど、The Waveの挑戦はちょっと意味が違う。
1日に20人という入場制限があるので、その枠に入らないといけないのだ。しかもそのうちのの10名はインターネットによる抽選で数ヶ月前にすでに埋まっている。現地の抽選会で翌日の10名枠に入る―すなわちその抽選に当たることが最大の挑戦というわけ。
その狭き門ぶりが、秘境度と人気を上げているんだろうけれど、広大さが最大のウリのアメリカの国立公園、1日20人しか入れないなんてゼロも同じじゃないんだろうか・・・。
しかしそこまで守られている場所ってどんなところなんだろう、行きたい気持ちがますますつのるのも事実。

10月14日、Las Vegasに降り立つ。魅力的なカジノタウンはスルーして、レンタカーで3時間ほど走ったところにあるHurricaneという町で1泊。

10日間の旅行で、抽選に参加できる機会は2回。がんばって3回。さすがに、行けるか行けないかわからない場所のためにずっと同じ町に滞在するという悠長なことはできない。どうか2回のうちに当たりますように!

翌日はいよいよ1回目の抽選会へのアタック。


続く


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vegasqueen * アメリカ旅 * 23:14 * - * - * - -

真夏の砂漠で身悶える

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ラスベガスから車で1時間。
高速を下りて段々と車が減り、さびしくなってきた道をなおも走ると、看板があった。

「Valley of Fire State Park」

周囲には、赤い岩が点在し始めた。

入園料を払うゲートで聞かれる。「水は持ってるか?」
中では売ってないということらしい。
持ってますよー、と言って、入っていく。

ラスベガスからのドライブでよく紹介されているのは「Death Valley」だけど、2007年の7月には54℃を記録しているという灼熱地獄。真夏にドライブなんてその名の通りDeathに一直線の場所デス。

それゆえ、ドライブに選んだのはバレーオブファイア。
どこにも夏は来ちゃだめ、とは書いていない。(そもそもここを紹介している本が少ないんだけど。)
駐車場にほかの車が数台停まっていて安心する。

赤い岩が織りなす風景は、ビューポイントごとに大きく異なって見ごたえがある。
あとから作られた階段を上っていかないと見えないような場所に先住民の岩絵が残っているというのも興味深い。

先住民が隠れ家にしていたという水たまり”マウスタンク”へのトレイルを歩いてみることにする。
往復で0.8kmくらいのトレイル。
確かに暑い(このときは38℃)けれど、このくらいの距離ならばどうってことない。なぜならわたしは去年グランドキャニオンのトレッキングも経験済みの女。
とたかをくくっていたら、案の定、足をすくわれた。名実ともに。
最初は普通に歩いていたのだけれど、途中から、地面が砂地に変わったのだ。
サンダルの間から焼けた砂が入ってきて熱いのなんの!!!

なるべく足が砂に着かないように交互に手足を上げる砂漠のトカゲ、知ってますか?
そのトカゲの気持ちがわかる、というかそのトカゲになりました。わたくし。
あつっ、あつっ、と叫び、足をふりながら(砂がサンダルから落ちるように)歩く。岩には先住民の岩絵もあるらしいけど、正直、地面しか見ていられない。
途中で、短いトレイルだからと水を持って来なかったことに気づき、さらにこの日のためにと日本から持ってきていた冷えピタシートをホテルに置いてきたことにも気づいて、なんだか苦しさ3乗。

やっと着いたマウスタンクは、どうしてこんな灼熱の地に水たまりがあるのか不思議な場所だったけれど、ハエがすごかったのが残念。

帰り道も同じように足ふりウォークで身悶えながら歩いて、車に戻ると一気に水を飲みほした。
ビジターセンターの水道で、水の補充ができたのが本当に生命線。

ここだけの話、足の裏はトレイルから上がってもひりひりしていた。かかとなんて、年老いたゾウさんのようになってしまったよ。

このようにバレーオブファイアーは、短い滞在ながらも、思い出深いドライブとなったのでありました。
まあ、真夏にはわざわざ行かなくてもいいかもしれないけれど。

***

震災後のこのご時世、果たして旅行なんて行っていいのだろうか、なんてうだうだ思っていた。
今までのように純粋に楽しめるのかなと。

楽しんできた。
四方八方どの方面を見てもまぶしい光があふれるラスベガスに、若干の無常を感じつつも、かえって、今楽しめるこの瞬間を楽しもう、と思った。

何が起きても不思議じゃないから、と、旅行前に身辺整理をいつもよりもきちっとしていった自分もいたけどね。
vegasqueen * アメリカ旅 * 13:50 * - * - * - -

やっぱり旅に出よう

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あの震災からもうすぐ4カ月。
いまだに毎日テレビでは、復興が遅々として進んでいない被災地の様子が伝えられているし、もちろん、個人的にも震災のこと、原発のこと、考えない日はない。

しかしながら、震災直後のように、旅行なんていう楽しむことは考えるだけでも許されない、みたいな気持ちはなくなってきている。

冬から夏に季節が変わり気持ちが開放的になったというのもあるのだろうし、陥ってた「自分は無力症候群」も自分はもともと無力だと気づいたことによって抜け出せたし。

まあ、そんなに自粛されちゃうと飲食業界だって旅行業界だって困っちゃうのよ、というような世の中の流れが一番大きいのは間違いない。
この後押しで後ろめたさを感じることなく出かけられのだ。

というわけで、今週末から旅行に出る。
行き先は、ラスベガス。
既に15回以上行っている場所だ。

砂漠の中に作られたエンターテイメントシティの光の洪水に、わたしは何を感じるんだろう。
vegasqueen * ラスベガス * 23:12 * - * - * - -

3・11

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本当はこの4月にラスベガスに行こうと思っていたのだ。
3月中はめいっぱい忙しい夫の仕事がひと段落したら。

ついえた。

この文章を読むことができるすべての人の心に、(つまりは日本語が読める人ってことだ)ショックを与え、この先もおそらくは心に刻まれ続けられるだろう出来事が起こったのは、3月11日。
東日本大震災、と名付けられたその地震が起こったとき、わたしは自宅にいた。
東京、マンションの3階。
初めて感じた大きい揺れ。なかなかおさまらない横揺れ。
テレビ台が前にせり出し、キャビネットの扉が開いて夫の大事な!ガンダムのプラモデルが次々落ち、飾ってあった写真立ても倒れ落ち・・・、わたしはどこを押さえればいいのか、ただリビングをうろうろしていた。

最初の地震がおさまって、テレビをつけた。
震源の東北ではもっと大きい揺れがあったらしい。そして津波がくるらしい。
テレビでは、港の映像をずっと映していた。ハザードをつけた車が水に浸っている様子もリアルタイムで流れていた。

テレビから目が離せなくなった。
黒い津波が、船も車も家も流していく。映画のような映像。
夫の勤める会社の工場も、燃えていた。

大地震から3週間がたった。ほとんど毎日感じる余震は、正直、都度、怖い。
東北で被災した人たちの様子や、現地で活動している人たち、海外からの支援や応援のメッセージ、テレビで何を見ても涙が出てくる。
わたしには泣いている余裕がある、ってことなんだろうけど。

わたしはラスベガスが大好きだ。
国立公園の大自然を満喫したあとに、ラスベガスに向かう道。
遠くからでもすぐにわかる、そこだけまばゆく輝く光の町。
砂漠に作り上げたエンターテイメントの大都市には、人間のすごさを感じるとともに、峡谷を削ってダムを造り、水と電気を運んで遊ぶ、という無理やりな感じが、人間のエゴの塊でもあるんじゃないかと思っていた。
有事のときに、真っ先にいらなくなるところよね、なんて。

東京もそうだったんだな、と初めて気づいた。
当たり前に使っていた電気が当たり前じゃなかったという事実。
原発の事故で、作業の進捗に一喜一憂し、電気のコンセントを抜いて回る毎日。

9・11のあとアメリカに行くと、やたら星条旗が目に付いた。
走っている車にもほとんど星条旗のステッカーが貼られていた。
なんて愛国心のある人たち!と思っていたけれど、それもまたいまや共感に変わっている。

早くまたみんなが旅行を楽しめるようになる日がくることを祈っている。
そういう楽しいことは自粛しましょうよ〜(経済を停滞させないためにも)という雰囲気は解けてきたので、心境的に明るいことが楽しめるようになればいいなと。
日本を訪れる人も安心して来れるようになるといいな。
vegasqueen * surprise! * 09:50 * - * - * - -
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